9月の「お寺の掲示板」と、住職の感想
2022.09.02
9月の掲示板のことば
しばらく疑問を至して
ついに明証を出だす
親鸞聖人
以下、住職の感想です。
この言葉は、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の主著『顕浄土真実教行証文類(教行信証)』の「別序」と言われる文章にある言葉です。
私は、この言葉から「問い」を持つことの大切さを教えられています。
例えば、テレビを観ていてわからない言葉を聞いたとき、記録しておいて、後で調べてその意味が分かったときは嬉しいですよね。
でも、分かって嬉しいと思えることは、その前に「分からない」ということがあったからです。
分からないということを流してしまったら、嬉しいと思うことはありません。
流さず、分からないことを抱え、問うことが、分かったという喜びを感じるには必要なのです。
私たちは日々を生きていると、分からないことがたくさんあります。
早く知りたい、スッキリしたいと思うこともあるでしょう。
でも、しばらく問いを抱えていると、あるときハッと答えが見つかる、そのような経験はありませんか?
私が出会った真宗の先生で、坂東性純という先生がいらっしゃいました。坂東先生は「人を躓かせつものは、往々にして立ち上がらせるものと同一なのです。ですから、その問いを大切にいたしましょう。自分を悩ませている問題しか、自分を立ち上がらせる御縁はない」とおっしゃっていました。
私たちは皆、問いを抱えて生きていますよね。でもその問いが、私を動かす原動力になり、救いにもなるのかもしれません。
真宗大谷派 光明寺住職 小林尚樹